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「民俗学の旅」宮本常一

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「民俗学の旅」宮本常一 (講談社学術文庫)

まち歩きの系譜の中で民俗学まで発展した宮本さんの功績は非常に大きく、内容は非常に深いです。

はじめに、に書かれている文章

「民俗学という学問は体験の学問であり、実践の学問であると思っている」

自身が百姓の家に生まれ生きていくためにその技術を学び実践してきました。前段は祖父、父、母、そしてふるさとを紹介していきます。自分がなぜ全国を歩き、民俗学に関わってきたのかについてその背景や縁のようなものを説明しています。古き良き日本の田舎に見られた温かい人のぬくもり、自分の道がどう決まっていったのか、宮本氏の人生が書かれてます。

「民俗学への道」という本の中で宮本氏はまた次のように言っています。

「民俗学とは、かつて文字を持たなかった民衆社会の中でおこなわれた、文化伝承の方法であった言葉と行為ー慣習的生活ーの記録化と、これをもとにして文化の原型への遡源と、文化の類型、機能を研究しようとするものである。」

農業技術指導をすることで日本の自給率をあげ、豊かな暮らしを実現しようという中から発生した土地土地の生活の技術、これらの伝承者となることが、日本民族の探求の旅でもあったといえます。

決して裕福ではなくボランティアで行っていた活動を中心であっただけに、使命感、志の高さが宮本氏の活動を支えたのではないでしょうか。

歩くことについて。

「私自身にとって歩くというのはどういうことだったのか。歩くことが好きだったのである。歩いていていろいろのものを見、いろいろのことを考える。・・・要するにひとにあい話をすることが好きだったのだろう。同時にまた人の営みを見るのが好きだった。」

「どんなところにも人間の意志が働き、それが現実のものとなっており、しかもその意思と意思には限界があり、限界が境を作っているのである。」

「われわれはただ自然といっているけれども、その自然もよく見るとほとんど人間の手が加わっており、人間の手の加わったものの中にはそこに人の生きてきた姿があり歴史があったのである。」

人生について。

「どのようにささやかな人生でも、それぞれがみずからのいのちを精一ぱいに生きるものはやはりすばらしいことである。生きるということは何かいろいろの意味があるだろうが、一人一人にとってはその可能性の限界をためしてみるような生き方をすることではないかと思う。」

文明について。

「文明の発達ということは、すべてのことがプラスになり、進歩してゆくことではなく、一方では多くのものが退化し、失われてゆきつつある。それをすべてのものが進んでいるように錯覚する。それが人間を傲慢にし、傲慢であることが文明社会の特権のように思いこんでしまう。」

一遍上人。

「口にとなふる念仏を あまねく衆生に施して これこそ常のすみかとて
いずくに宿を定めねど さすがに家の多ければ 雨にうたるる事もなし」

最後に。

「私は長いあいだ歩きつづけてきた。 その長い道程の中で考え続けた一つは、いったい進歩というのは何であろうか、発展というのは何であろうかということであった。 同時に失われていきつつあるものも多いのではないかと思う。

進歩のかげに退歩しつつあるもおんをも見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題でないかと思う。

多くの人がいま忘れさろうととしていることをもう一度掘りおこしてみたいのは、あるいはその中に重要な価値や意味が含まれておりはしないかと思うからである。

これからも人間は長い道を歩いてゆかなければならないが、何が進歩であるのかということへの反省はたえずなされなkればならないのではないかと思っている。」

非常におすすめしたい本です。




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by nichijou-raisan | 2018-07-19 08:54 | レバレッジリーディング | Comments(0)

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都市環境デザインセミナー 「なぜ『まち歩き』をするのか」山納 洋

これまで50箇所以上のまち歩きイベント「Walkin' About」を企画している大阪ガス 都市魅力研究室長の山納さんのセミナーに参加しました。

特徴的なのはいわゆるガイドさんがいません。皆である町に集まって、解散、90分のまち歩きを各自してから再び集まって、一人5分ずつシェアします。

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Walkin' Aboutでは、地域の魅力や課題を再発見し、これからの地域のあり姿をデザインし都市経営課題解決提案につなげることを目指して活動しています。今回のセミナー参加者もそれぞれがまち歩きをされている方ばかりのようでした。

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今回非常に役立つ、いわゆるまち歩きの原点、そして今までの流れがわかる方々です。読んでない本なども多く、これを機会に勉強してみたいと思います。宮本常一さんの「民俗学の旅」の序文は非常にわかりやすいそうです。まずはここから。先日の林丈二さんから知った路上観察学の元となる考現学も少し難解です。陣内さんの本も地形などの読み込みなどかなりの深さがあります。ブラタモリは調査もされていて、内容的にかなりいいそうです。

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「普通のまち、なんてものはありません

都市空間には、人が作為を持って働きかけた痕跡が複層的に蓄積されていて、注意深く観察していくと独特の容貌が見えてきます

そのようにまちを歩くことは、楽しみになるだけでなく、まちのありようを深く考え、地域をより良くデザインすることにもつながります」

納得かつすばらしい考察です。

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最後にこちらもまち歩きの専門である岸田さんによるコメント。

1,ビジネス成立性が低く事業継続性が困難 → 客単価が取れなく、質の安定も難しい
2,ガイドのボランティア性 → ガイドさんの自慢話になりやすい
3,まち歩きの魅力 → 偶然性の楽しみであって複数回やコース設定をした時点でおもしろみがなくなる

非常に深い洞察で、まち歩きをビジネスとして考えた場合に観光資源となりえるか、そんな視点があると思いました。観光立国に向けたまち歩きの重要性はますます高まりますが、どう運営してまちの魅力を感じ、発信できるか、非常に考えさせられるセミナーでした。


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by nichijou-raisan | 2018-06-30 11:16 | 勉強会 | Comments(0)


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富山ウォーク二日目はホテルを朝出発し、高岡市に向かいます。高岡の始めは日本三大仏として有名な高岡大仏からです。

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度重なる火災を経て、昭和7年に富山県知事の勧奨があり完成、開眼式が行われました。総高は15m85cm、総重量65t、原型から鋳造まで高岡の職人によって建造された高岡銅器の象徴です。

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掲示板のありがたいお言葉です。実行することのみが未来を変えられると思います。

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大仏周辺はみやげ物店や旅館などがあります。

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坂下町通りのストリートファニチャー。やはり銅製です。

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テレビ番組で紹介されていた昆布屋さん。オーナーさんもテレビで見たままでした。

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御旅屋通り商店街。大型アーケードが設置されています。

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ストリートファニチャーに鳥獣戯画から飛び出したウサギが。

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そしてこちらは蛙とウサギ。

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大仏を後にして、次に二つの伝建地区に向かいます。最初に山町筋(やまちょうすじ)です。土蔵造りの町家が建てられたのは明治33年(1900年)の高岡の大火の後となります。

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雨どいにも彫刻が施されてます。工芸の街です。

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高岡仏壇の井波屋さん。この建物は登録有形文化財に指定されています。モダンな外壁はモザイク張りになっています。伝統的な二階の木造と一階のモダンなデザインのミスマッチ館が目立ちます。

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赤レンガが珍しい富山銀行で現在も使われています。建物は1914年(大正3年)に建築されたもので、東京駅の設計者である辰野金吾の監修で清水組が建設しました。

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高岡御車山会館です。国重要無形・無形民族文化財に指定されています。


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内部には大型の御車が展示されています。細部にわたって豪華絢爛で非常に豪華です。ユネスコ無形文化遺産にも指定されていて見所もたくさんです。

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高岡市山町筋重要伝統的建造物軍保存地区にある高岡信用金庫本店です。歴史景観に配慮して建築されました。土蔵造りの街並みにより一層貢献しています。

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駐車場は表にはなく、建物内を抜けて裏側にあります。通常駐車場は街並み景観を非常に崩しやすいためこうした配慮もすばらしいです。一階の柱、壁、駐車場アプローチは国産の黒いタイルが使われています。

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今回の楽しみにしていたひとつ、山町ヴァレーです。これは町屋を改修した商業施設になっています。文具商であった谷道商店が昭和4年に土蔵造りから洋風に改築したもので、伝統的街並みにあってモダンさのある建築です。内部はレンタルスペースに加え、いくつかのテナントが入っています。

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山町筋の街づくりコーナー。地図に見所が表示されています。こういった場所があると非常に助かります。

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これが洋風の建物を抜けた広場に面した蔵。それぞれ個性あるテナントが入っています。

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工芸の街ということもあり、市内の住宅には銅を外壁に使ったものもあります。非常に地域性が高いです。

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こちらも銅が窓枠のあたりに使われています。

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高岡のもう一つの伝建地区、金屋町。こちらも鋳物師の町並みです。

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こちらは町屋建築がよく保存されています。舗装も天然石が使われタイムスリップした感があります。高岡鋳物発祥の地として非常に栄えた町で、鋳物博物館や工芸品のお店が並びます。

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今回の訪問の最後は、国宝瑞龍寺。加賀二代藩主前田利長公の菩提をともらうために三代藩主利常公によって建立されました。山門、仏殿、法堂が国宝に指定されています。現在山門は改修工事の最中でしたが、非常に立派な伽藍でした。

二日間に渡って、富山市、高岡市と移動しましたが、歴史資産や産業資産も豊かなことがわかりました。観光という視点からどう取り組み町の活性化をしてくかはどこも課題で、若手がその産業を引き継いでいく形を作ることが一番重要かと思います。これは全国でもいえることです。これからは世界中からの観光客でにぎわう時代なのでいかに継承し、発展させていくのか、それは人の継承も含めてです。



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by nichijou-raisan | 2018-06-25 23:54 | K-1 | Comments(0)

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江戸初期から日本海を行き来する北前航路が岩瀬地域で多く営まれてました。旧富山港線時代から残る唯一の駅舎「東岩瀬駅」。現在は富山ライトレール富山港線の駅舎として使われています。レトロな風景です。

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沿線のポピーがライトレールに花を添えます。鉄道マニアにも受けそうです。

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東岩瀬駅の看板。ローマ字もフォントも味があっていいです。

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釣具店の看板。非常に手が込んでます。現在のような塗装のみの看板にはない味が出てます。

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伝統的な町屋型の建築が立ち並びます。岩瀬地区は江戸前期に港町としての形ができ、加賀藩の領地としてお蔵を持ち、米や木材を大阪や江戸に運んでいたといいます。明治6年に大火があり、約千戸あったうちの650戸が消失しました。

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北前廻船問屋 森家。

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吹き抜けの大架構は非常に立派です。当時廻船問屋は全盛を迎えていて財力があったそうです。

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これが北前船です。富山で米を積んで北海道で販売、北海道で仕入れをして富山他で販売していたため非常に利益も出たそうです。

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これが北前船の寄航地となります。かなり広範囲の航路だったことがわかります。

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丁寧かつ熱のこもった説明をしていただきました。ちなみに畳みの縁が一部欠如しているのはデザインになっているためです。

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玄関の囲炉裏の間から入っていくと広大な座敷になります。奥に深い町屋形式なので中庭があります。

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昔の長者番付の説明。この部屋は茶室ですが押入れにはなんと金庫がありました。その金庫の写真を写すと不思議な現象が。これは行った人にしか説明されないとっても秘密なことです。

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森家の土蔵群。こちらは酒屋さんの本店になっています。ワイナリーもあったり、奥はウェディング用のパーティールームにもなるフレンチレストラン。とてもおしゃれ。

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一見するとモダンな印象ですが、実は慶集寺というお寺の建物です。脇には坪庭もあり洗練された空間です。

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こちらはKARTELL富山というインテリアショップ。輸入の家具がところ狭しと並びます。

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古い町並みで一番問題なのが駐車場の処理です。ここ岩瀬の街並みの中央は旧北国街道で車道になっています。それゆえ道路沿いに駐車場ができてしまいます。この家では玄関先に門を作り手動格子戸によって車の存在を隠しています。お金と普段の手間がかかりますが、伝統的な街並みへの配慮は個々の努力が必要なところです。

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途中みかけたコンクリートブロック塀のデザイン。ツタの絡まる景色がいいです。

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富山ライトレール 富山港線。富山駅北から出て、岩瀬浜が終点です。

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富山はライトレールや市電が充実しているので車もいいですが、のんびり景色を見ながらの旅もよかったです。

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今回は観光バスで東岩瀬駅近くで降り、旧北国街道沿いの岩瀬の街並みを散策、岩瀬浜でライトレールに乗り富山駅方面に移動しました。岩瀬地区は予想以上に街並みがしっかりしてました。




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by nichijou-raisan | 2018-06-24 16:40 | K-1 | Comments(0)

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モザイクタイルミュージアム企画の「林丈二さんとまち歩き むかし銭湯があったまちで」に参加です。20名の枠ですがかなり人気でした。林丈二さんといえば赤瀬川源平、藤森照信、さんと路上観察学会を立ち上げられた方でマンホールのふたで有名です。どんな視点でまち歩きするのか、興味深々で楽しみにしてました。陶都街並探偵団からもメンバーも参加しました。


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最初に1時間ほど会議室で林さんからまち歩きのレクチャーを受けました。まち歩きは「街の行間を読む」ことと林さんは言います。そこに小説や科学があり、そこを読むことでよりいっそう面白くなると。写真はミュージアムのはしご。

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林さんのレクチャーは続きます。ジャンルは、1、時代もの 2、豊かな貧乏性、市民の豊かな楽しみ 3、異質な宇宙感。とても思いつかないです。


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笠原町内にあるごみステーションのモザイクタイル。ひとつひとつ工夫が凝らしてあり面白いです。


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庭木の枝を落としたところになぜか缶詰で蓋をしています。


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最初に訪れたのが今は閉店した銭湯。煙突のある風景。


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玄関の靴箱。


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番台です。昔テレビでよく見ることはありましたが、実際に自分が使った記憶はあまりないです。


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身長計なるものが壁面に。体重計は定番のイメージですが、身長も。


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入浴料はこんな金額です。そんなに古くないそうですが、時代を感じる値段です。


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こちらが湯船。モザイクタイルは定番です。


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脱衣所からお風呂の手前の部屋の床タイル。凹凸もあるのでノンスリップだったんでしょうか。


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桶のプラスチック感も時代を感じさせます。


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天井を見上げるとこんな感じです。富士山の絵こそないですが、非常に質素なつくり。


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脱衣所のロッカーの錠。錠の名前があるのはなぜでしょうか。


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こちらが銭湯の外観。ひさの湯さんです。この日はオーナーさんがわざわざ開けてくれました。


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玄関をまたぐ松の木の添え木か門柱にのっかっています。歩きづらそうです。


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ズレ落ちそうな土台の石に載った鉢。


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タイル工場だった置き場に無造作に落ちたトタン。錆びた意匠も時間を感じます。


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雨どいから落ちた側溝のちょっとした庭。ストーリー性があります。


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なにげない風景を新しいまなざしで発見する林丈二さん。好奇心が絶えません。


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奥に使われなくなった井戸がありますが、水が豊かであったことを示すようにカキツバタが咲いてます。これもストーリー性です。


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大きな蔵です。細い路地を抜けたところに出てきて驚き。


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どこから持ってきただんだろうというコンテナが数本。一台はエアコンが取り付けられてました。


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あまりものの部材を使ってふさがれたドア。雨風を防ぐにはありあわせのもので。


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地酒、三千盛さんの建物。他にない意匠です。


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林さん曰く、東京では見られないコンクリートブロックだそうです。地域のコンクリートメーカーが作ったのでしょう。ブロック塀ひとつとっても地域色があります。


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三千盛さんの外壁の平瓦。時間の経過が瓦の表情に出ています。


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蔵があるだけで人は歴史を感じます。末永く維持して欲しいです。


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ありあわせのものを使って立体的な花壇が作られてます。盛土ならぬ、盛箱。


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玄関脇の突如として現れるタイル門柱。独立しているようで不思議です。


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流れる水は澄んでいてきれいです。


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雪止め瓦に引っかかった野球ボール。子供の声が聞こえてくるようです。


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なぜかずれた屋根。機能は果たしているでしょうか。


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石張りの基礎、花壇用のコンクリートブロック、人工竹垣、塗装コンクリート壁。とりあわせが新しい。


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梁にしがみついたセミの抜け殻。


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基礎からはみ出た、大谷石の塀。なぜカットしなかったでしょう。


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ちょっとしたせせらぎも整備すればもっと魅力的になりそうです。新緑がうつくしい。


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独特の折半形状のコンクリート屋根。雨水処理が大変そうです。


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川床にはカラフルなモザイクタイルや茶碗のかけらが。これもまた陶器の町ゆえでしょう。


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側溝の蓋に使われる、石材、タイル平板、木材、コンクリートブロック。


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屋根の柱が突き刺さるトイレ。


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NTTのマンホールの凹凸模様はなんとテレグラムのT。


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下水マンホール。実は二重になっていて、内側は人用、外側は機械を入れるためのものだそうです。形には理由があります。


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昔の台所で見かけたという甕。井戸から汲んだ水を一旦この甕に入れていたそうです。時代的に使われなくなって無造作に置かれてます。


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ミュージアムの屋根のはしご。


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まち歩き後に、参加者一人ひとりから一枚ずつ写真をピックアップして林さんに講評いただきました。まち歩きのプロからの一言一言がとても面白かったです。何気なく撮った一枚の写真に、その人の何かが現れているから大事にして欲しいと語る林丈二さん。すばらしい街歩きをありがとうございました。また一緒に東京から参加の文京建築会ユースの皆さんの視点も一緒に歩きとても勉強になったのと、刺激にもなりました。あわせて感謝です。






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by nichijou-raisan | 2018-05-20 22:51 | K-1 | Comments(0)

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陶都街並探偵団 下石ウォークです。今回の参加者は19名。スタートは下石窯元館。岐阜県土岐市下石町は古く平安時代に始まる陶器の産地で明治期以降はとっくりの生産で全国使用量の大半を生産しています。

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下石町のマスコット「とっくりとっくん」。ゆかいなキャラクターですが、高さ30センチ程度、織部釉のものが正式なものだそうです。

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窯元館前の銅像。明治から昭和にかけて活躍した陶芸家 安藤知山。工芸運動の初期の頃を支えた人物。いまなお子息が知山窯として焼き継がれてます。

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今は歩行者専用道となっている旧駄知線跡。

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ボランティアガイドさんに見せていただいた当時の駄知線。

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水の豊かな下石町。

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楽習舎という下石町公民館。

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「とっくり橋」舗装はタイル、高欄にはとっくりのオブジェが装飾されています。

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下石川の風景。

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下石町は窯元の町ですが、こちらは陶器商の建物。玄関脇の店棚の意匠が雰囲気を古き町並みを想像させます。

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土岐市指定文化財、窯屋敷の石造物群。

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室町期の典型的な形状をした五輪の塔ほか他より移設されここに集められてます。盗難にもあったことから全体に頑丈な柵が取り付けられてます。

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大きな旧家。このあたりも空き家が非常に多いそうです。道路も狭く若い人はなかなかこないと地元の人は言います。

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炉材と石を使った土留め。焼き物の町特有の風景です。

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鋳込み成型の型。

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とっくりとっくん、日光浴。

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干支の置物たち。

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煙突のある風景。

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あちこち見かける陶器製のポスト。いい味出てます。

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荒神窯さん。

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タンクにもとっくりとっくんが。

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少し奥に歩いていくと雰囲気のあるお社があります。

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荒神様。

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もちろん入り口にもとっくんが。場所を読んでます。

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無造作に詰まれた「つく」と呼ばれる窯道具。棚板の間に入れて使うものです。

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お風呂につかり寛ぐとっくん。

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このあたりは窯跡が多いそうです。

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下石町陶祖の墓。どの地域も最初に陶器生産を始めた人を陶祖といいます。ここは愛知県瀬戸市に近く、陶工も瀬戸から入ったそうです。

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秋の陶器祭りの際、メイン会場となる「とっくり村」。壁ぎっしりと徳利が並びます。

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裏手にある登り窯。今も使うことができますが、年数回といいます。

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薪で焼成する登り窯ですが、燃料は松でないと1300℃を超える温度になりません。脂分を含むので陶器向けに最適です。ただし燃料である松が少ないこと、価格も高いそうで大量生産品には向きません。

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実際に焼いている製品が取り付けられた案内マップ。非常にわかりやすい表示ですがマップの機能としては、町の道路が複雑なだけに疑問。

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ガイドさん曰く、よく雑誌に載る角度だそうです。

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川のパイプにぶら下がるとっくん。

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稲荷神社。

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階段はかなりきついですが登れば下石町全体が望めます。

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神社の横にある登り窯。

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とっくりとっくん広場。無数のとっくんが。

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細かく見てみると結構楽しめます。

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土岐市駅から来ると入り口にあたるとっくりとっくん広場の看板。

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今回は土岐旅あんない所のボランティアの方々のおかげで楽しく学べました。感謝申し上げます。




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by nichijou-raisan | 2018-04-28 22:20 | RICOH GRⅡ | Comments(0)

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年の瀬の銀座です。
銀座プレイスという2016年9月に開業したテナントビルです。外観デザインは星野リゾートの施設やツタヤ代官山などを手掛けるクラインダイサムアーキテクト。

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白い菱型が連続するファサードは曲線が連続しながら上昇していく複雑なデザインです。世界一心地よい風景になるよう考えたという。非常に印象的です。

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1階は日産のショールームになっています。今回はダットサン フェアレディ。

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そのフェアレディが竹のアートで覆われてしまっています。見るからに大胆さが違います。

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草月流家元 勅使河原茜 氏によります。伝統的な華道とエンジニアが交錯します。

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メイン展示は日産IDSコンセプト。

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日産の考える未来の自動運転システムを搭載する電気自動車です。自動運転モードにするとハンドルが隠れる仕組みです。

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続いてメイン二代目である日産GTR ニスモ。

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馬力はなんと600馬力。もはやスーパーカーです。価格も驚きの1800万円。

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日産を体感できるショールームでおすすめです。



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by nichijou-raisan | 2017-12-30 18:24 | RICOH GRⅡ | Comments(0)

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岐阜県、美濃市、岐阜県都市計画協会主催の景観シンポジウムに参加しました。基調講演は東京農大名誉教授 進士五十八さんです。

第一部、進士五十八さんの講演の要旨です。

「風景」とはベースは自然でそこに人間が加わったもの。
「景観」とは切り取った景色。
「ランドスケープ」とはドイツ語が語源で、日本語訳ではじめて「景観」になった。

「風景とは関係性」個々のパーツが繋がってできている。

景観法は、地域で内容を決めていくかたちとなっているのでいい法案である。行政は部署で別れ、また敷地主義である。

これからの地球環境は四つの多様性で持続する。
1、地球自然 Bio diversity 生物多様性
2、地球社会 Lifestyle diversity 生活多様性
3、グローバル経済の安定と持続性 経済多様性
4、地球風景の持続性 Landscape diversity 景観多様性

明治神宮は和魂洋才である。内苑=多様の共生、外苑=多様の統一

原風景=inner landscape, spiritual landscape

大人は子供とどれだけ豊かな原風景をつくれるのか、原風景が子供たちの美意識に繋がっている。

参考書
「路地裏の資本主義」、「里山資本主義」、「限界集落株式会社」、「私と小鳥と鈴と」

第二部は国の景観施策について国交省担当者からお聞きしました。

部署名が非常に長く、国土交通省都市局公園緑地景観課 景観・歴史文化環境整備室となっています。そもそも都市の構造は、用途地域の設定ともいえます。住宅地、商業地域、工業地域。現実的にはネット販売が増えているので、従来の都市構造が成立しづらくなってきています。

景観法は平成16年にできた法律で市町村が主体となって、地域性に重点を置いて取り組むこととなっています。国の押しつけではなく、地域に根差すという意味においてはすばらしい法律。

安倍政権は観光立国に力を入れていますが、成果も上々で、より一層景観と観光の結びつきが重要になってきます。

考えてほしいのは自分の地域で何が資源となっているのか、ビジネス化できるものは何か(マネタイズ)が重要になってきます。

地域の事例

・甲府市 ぶどう
・草津市 温泉
・小松市 里山景観
・豊後高田市 レトロの街づくり
・町田市 里山景観

以上。


全体を通しての感想は、これからは文化も景観も多様性が非常に重要で、行政上の敷地主義では解決しえない風景の周辺との関係性にその風景の根源があるということを理解しなければならないと思いました。
地域らしい風景は、子供たちの美意識の繋がっていく原風景となっていくので改めて強く風景の大切さを認識しました。



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by nichijou-raisan | 2017-11-20 13:18 | デザイン | Comments(0)

日本橋と岐阜県土岐市

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岐阜県土岐市に妻木町があります。日東泉之進編「土岐郡妻木町史」に慶長5年関ヶ原の戦に妻木雅楽助家頼父伝入頼忠と共に徳川家康に属し、岩村城主田丸氏と戦って功あり、感状を賜う。戦後7500石を賜い妻木城に治し寄り合い交代に列す、とあります。
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日本橋の装飾設計をした妻木頼黄はその末裔にあたる明治時代の建築家です。

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岐阜県土岐市と日本橋が繋がっていることに驚きます。しかも頼黄は地元妻木小学校の校歌の作曲に当たって、当時の文部省とかけあい協力しているので大いに関係があったといえます。

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明治時代に建設された日本橋が再び青空のもと見られる日が来ることを祈りたいですが、地下化をするには網の目をくぐる難工事が予測され、困難を究めそうです。

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歴史的も重要な日本橋、世界に誇れる場所になることを。


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by nichijou-raisan | 2017-11-18 11:08 | RICOH GRⅡ | Comments(0)

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陶都街並探偵団、今回は岐阜県土岐市妻木町を歩きます。
妻木町は、妻木城のある城下町でした。
流鏑馬神事で有名な地元八幡神社の宮司の黒田さんに今回はガイドしていただきました。
写真は地元有志の方で作られた手作りの地形模型です。よくできてます。

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妻木町には公民館がありその中に資料館があります。
資料館は平常時は閉まっていることが多いので事前に電話して行く必要があります。
中身は非常に充実しているので驚きです。

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焼き物の産地なだけに陶器製の狛犬です。

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今回特別にご用意いただいたのが明治時代の建築家、妻木頼黄(つまぎよりなか)の書です。
頼黄は妻木城主の家系に当たる人で江戸で生まれました。若くして両親を亡くしますが力強く、海外にも留学をされるなど勉強し、明治時代を代表する官庁建築家でした。国会議事堂も彼の礎があったからだそうです。

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地元、陣屋との交流もあることから滞在時の書、絵葉書、などがあります。
現在も資料を調査中ですが、当時のやりとりの詳細もいずれ出て来ることでしょう。

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資料館を後にして上郷地区に移動します。
妻木城を上とすると、その下に領主の舘、上流武士の家、商家といった並びとなります。
この辺りはその昔栄えていた地区ですが今は住宅街になっています。

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秋葉山の常夜燈です。辻のところにこういった常夜燈はあります。ちょうど笠原方面と下石方面への交差点にあたります。

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笠原方面への道。庄屋も並ぶ中心地だった場所です。

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今残る庄屋建築は二軒のみでこちらは管理もされており当時の風情を偲ばせます。

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今は道路の反対側に置いてありますが、下石方面と笠原方面の道しるべです。

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下石方面にいくと、今市場という地名になります。読んで字のごとく市場などが並ぶエリアだったそうです。

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かつての茅葺屋根を思わせる民家。

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妻木の中心部を見たあと、移動して土木遺跡を見に行きます。少し山を登ります。

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こちらが登録有形文化財となった浦山第二砂防堰堤。

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妻木川を含む東濃エリアは美濃焼の産地で、陶磁器生産のための陶土採掘や燃料のため山林伐採が行われてきました。そのため少量の雨でも下流の土岐川で大きな水害が発生していました。昭和12年国は直轄の砂防事業に着手、昭和18年に間知石の矢羽積による空石積堰堤で完成しました。また一部は妻木城址の石垣と一体化されていることから城郭の石積技術が反映されていると考えられます。

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続いて向かったのは、妻木城士屋敷跡です。中世の城址と士屋敷跡が残る遺跡は全国的に見ても非常に珍しいそうです。

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この遺跡は現在、土岐市の所有となっていて、妻木城址の会によって整備、管理されています。

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城山の北麓には、御殿、御枡形、御門、御庭、御蔵、御池、伝入隠宅など地名が残っていて、旗本妻木氏の陣屋、住居の跡でした。この下に家臣団の屋敷が立ち並んでいたと考えられます。区画内には石積みや井戸の跡が残っています。

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陣屋への階段。大きな階段で陣屋の大きさが偲ばれます。

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こちらは斜面づたいにできていたので、雨水を流すための排水溝が山づたいにできています。湿気防止も含めて整備されていたことがわかります。

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続いて向かったのは、妻木家の菩提寺である崇禅寺。臨済宗妙心寺派の古刹です。この総門は、禅宗様式(唐様式)を多く用いた室町時代の作風で規模の大きなものです。

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門の道を挟んで妻木川からの農作業用の灌漑施設があります。

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崇禅寺は、土岐明智彦九朗頼重が文和3年(1354年)に果山禅師を開山として創建されました。妻木城主の代々のお墓もあります。本尊は釈迦如来立像です。

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境内からちょうど妻木城址が見えます。ちょうど紅葉も一部に見られます。

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今回は特別に位牌堂をお見せいただきました。代々の妻木城主のお位牌がありました。写真は本堂裏の中庭。

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位牌堂の建築。木鼻部に獅子と思われる意匠が見られます。

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位牌堂内の照明。

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天井にはすばらしい天井画の数々。寺院建築によく見られますが、ここでは人物、動物、植物画となっています。

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本堂前にある唐門。延宝8年北隠禅師により建立された桧皮葺き(ひのきの皮)の唐門です。

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本堂前の枯山水庭園。凛としたたたずまいです。

今回は城址には行きませんでしたが歴史のある妻木町をじっくり勉強することができました。また周辺含めて味わいたいところです。


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by nichijou-raisan | 2017-11-04 20:41 | RICOH GRⅡ | Comments(0)